化学物質は、工場や研究施設だけでなく、塗装や清掃などの場面などで多くの現場で使われており、私たちの身近にある存在です。しかし、扱いを誤ると重大な事故や健康被害を引き起こす危険性があります。
本記事では、化学物質による労働災害に遭った方やご家族に向けて、補償制度や会社の責任、弁護士に相談すべき理由を、労災分野に詳しい弁護士の視点から解説します。
1.化学物質による労働災害の実情と特徴
化学物質が原因の労働災害は毎年一定数発生しており、特に以下のような業務での事故が多く見られます。
- 工場内での薬品・溶剤の取扱中の事故
- 清掃作業中に有毒ガスが発生するケース
- 研究機関での実験中の薬品漏洩・爆発
- 建設現場で塗料・接着剤を吸引したことによる健康障害
こうした災害は、事故直後に症状が出ない場合も多く、長期的に健康被害が表面化する点が特徴です。そのため、初期段階での見落としや対応の遅れが深刻な結果を招くこともあります。
2.どのような事故・障害が発生するのか
化学物質による災害では、次のような傷病・後遺障害が報告されています。
- 薬品の飛散や漏洩による化学熱傷(やけど)
- ガス吸引による中毒症状・呼吸困難
- 目や皮膚への接触による炎症、失明などの障害
- 長期ばく露による神経障害、肝臓や腎臓の障害
- がんや慢性疾患の発症
これらの症状は、短期的なケガだけでなく、時間が経ってから発症するケースも少なくありません。結果的に、呼吸器障害が発生したり、神経障害が発生するなどの重い後遺症が残ることもあります。
3 労災保険で受けられる補償と限度
治療費や休業補償は労災保険から給付されます。労災で受けられる補償内容は、①休業(補償)給付、②療養(補償)給付、③障害(補償)給付、④遺族(補償)給付、⑤傷病(補償)給付などです。
① 休業(補償)給付
労災により仕事を休んだ場合、4日目以降から給付基礎日額の60%が支給され、さらに20%分が特別支給金として支給されます。結果として、収入の80%が補償されます。給付基礎日額は、災害発生日の直前3か月間の賃金総額を暦日数で割った額です。
② 療養(補償)給付
労災で病気やケガをしたとき、治療費や入院費などの自己負担なく医療を受けられる制度です。労災発生から治癒または症状固定までの期間に適用されます。
③ 障害(補償)給付
症状固定後に障害が残った場合、等級に応じて年金(1~7級)または一時金(8~14級)が支給されます。
④ 遺族(補償)給付
労災で労働者が亡くなった場合、生計を共にしていた遺族に年金が支給されます。該当する遺族がいない場合は一時金が支給されます。
⑤ 傷病(補償)給付
1年6か月以上治癒しない場合、傷病等級1~3級に該当すれば年金が支給されます。該当しない場合は、休業給付が継続されます。
慰謝料や逸失利益の全額は補償されない
労災保険は会社の落ち度のあるなしにかかわらず、業務中の事故による負傷等であれば一定額を労働者に給付するもので、労働者にとって貴重な制度ですが、労災保険は国が定めた制度として、いわば最低限の補償給付を行うものといえます。
つまり、労災保険では給付されない労働者の損害があり、例えば①慰謝料(入・通院慰謝料、後遺障害慰謝料、死亡慰謝料)や、②事故前収入の100%分の休業補償などは支払ってもらうことが出来ません。
労災事故の発生について、会社にも責任があれば、労働者は労災保険では補償給付を受けられない損害項目である、①慰謝料(入・通院慰謝料、後遺障害慰謝料、死亡慰謝料)や、②100%分の休業損害の各賠償請求を会社に対して行うことができます。
4 会社の責任を問う「損害賠償請求」という選択肢
会社が負うべき「安全配慮義務」とは?
自分一人で作業中に怪我をした場合など、労働者の不注意が原因と思われる事故でも、会社の安全管理体制に不備があれば、安全配慮義務違反として損害賠償を請求できます。ただし、会社は「労働者の過失で事故が起きた」と主張して責任を否定することがあります。
安全配慮義務は、従業員の心身の安全を守るために事業者が負う義務で、業種や作業内容などを総合的に考慮して判断されます。教育不足や会社の管理する設備の不備が原因の場合には、違反を問いやすい傾向にあります。
また、労働安全衛生法や規則に違反して事故が起きた場合も同様です。一方、工場内での単なる転倒(階段を降りているときに滑って転倒したケース)などは、安全配慮義務違反を問うのは難しいです(ただし労災は適用されます)。
重大事故で法令違反が認められれば、会社の責任を問いやすくなります。損害賠償請求の時効は10年です。
安全装置の不備や教育不足は会社の責任が問われる典型例
安全配慮義務の内容は、業種、作業内容、作業環境、被災者の地位や経験、当時の技術水準など様々な要素を総合的に考慮して決まります。
そのため、具体的な被災状況をお伺いしてからでないと、会社に対して安全配慮義務違反を問えるかどうかは分かりません。
もっとも、当事務所の経験上、「会社の従業員に対する教育不足が原因で被災した」場合や、「会社が管理支配する場所で、会社から提供された機械や道具が原因で被災した」場合には、比較的安全配慮義務違反を問いやすいと言えます。
5 後遺障害が残ってしまった場合に最も重要なこと
後遺障害等級認定の重要性
労災で怪我や病気を負い、治療を続けても症状が残る場合は後遺障害等級の認定を受けることで、労災保険から追加の補償を受けられます。症状がこれ以上改善しない「症状固定」と判断されると治療費の補償は終了し、後遺障害の認定が必要になります。
等級は1級から14級まであり、等級によって支給される金額が大きく変わります。認定は労働基準監督署が行い、診断書を添えて申請します。この診断書には障害の内容、痛みや可動域、検査結果などを詳しく記載する必要があります。
ただし、医師は治療の専門家であっても後遺障害認定の専門家ではないため、必要な情報を被災者側から正確に伝えないと不備が生じ、適切な認定が受けられないことがあります。労基署は診断書をもとに面談などを行い、必要に応じて医師に照会して等級を決めます。
後遺障害等級認定を適正に受けるためには、診断書の内容が非常に重要です。診断書に不備や記載漏れがあると、本来受け取れるはずの補償が減る可能性があるので注意が必要です。
適切な認定を得るための弁護士によるサポート(診断書チェックなど)
このように、診断書の記載は非常に重要であり、記載内容によっては、認定される等級結果や補償にも大きく影響が出る可能性があります。
また、ご本人が労基署で面談する場合にも、初めてのことで、ご自身で上手く症状等を説明できるかどうか不安な方も多いと思います。
そこで、診断書の記載内容のチェックや労基署での面談前に事前に打合せをするなど、より適切な認定を得ることができるように弁護士によるサポートが重要となります。
弁護士に相談・依頼する具体的なメリット
①弁護士が代理人として会社と交渉してくれる
社労士と違い、弁護士は代理人として交渉を行うことができます。会社との交渉は勤務中であっても退職された後であっても、一般の方には精神的な負担が大きいと思いますし、法的な内容になると交渉の能力も必要になります。交渉の仕方によっては請求できる金額も請求できなくなってしまうこともあります。
このため、労災により怪我をされた場合等は弁護士に早い段階で依頼し、弁護士に代理人として交渉を行ってもらうことをお勧めします。
②後遺障害認定に強い
後遺障害の認定を受けるためには医師からの診断書が必須になります。
しかしながら、医師の作成した診断書の記載内容によっては、本来であれば認定を受けることができた後遺障害も認定をうけることができないといったケースも残念ながらあります。
このため、後遺障害の認定に強い弁護士に依頼をし、医師へのアドバイス等を行ってもらうことで、適切な後遺障害の認定を勝ち取ることができます。
後遺障害認定を受けることができれば、後々、使用者に対して適正な損害金の賠償請求をすることが可能になります。
ぜひ早期に弁護士に相談をし、どのようにしたら後遺障害認定を受けることができるのか、アドバイスを受けてください。
③労災申請のみならず、慰謝料を含めた損害の賠償請求まで可能
労基署に対する労災申請は最低限の補償でしかありません。
これとは別に、会社に対して、逸失利益、慰謝料等の賠償請求が可能な場合があります。弁護士であれば、労働者の代理人として、労働審判、民事訴訟等の方法により使用者である会社に対し損害賠償請求が可能です。
労働審判を選択するのか、または民事訴訟なのか、交渉で解決すべき事案なのか、この点についても経験豊富な弁護士であれば適切に判断することが可能です。
適切な救済手段が何かを含め、ぜひ弁護士にご相談ください。
当事務所のサポート内容
当事務所では、①労災保険の申請、②会社への損害賠償請求、③治療中のアドバイスについてサポートを行っております。
労災分野・交通事故分野の案件を数多く扱っており、治療中の段階から、被災労働者の方からのご相談に応じ、適時に適切なアドバイスをさせていただくよう努めております。
化学物質における労災でお悩みの方は、ぜひ弁護士にご相談ください。
面談日程調整のお問い合わせは、電話でもLINEでも可能です。